
「大物食い」と呼ばれる人たちがいる。
格下と思える人にぽろっと負ける一方、相手が大物だと俄然奮起し、ものすごい試合をして勝ってしまうような人だ。高校の先輩のSさんもそういう人だった。サウスポーのドライブマンで、とにかく球が早いし左利き特有の横回転もかかってくる。気分ののった時の彼は、手がつけられないほど強い。高校1年の時のチームは、県でダントツに強いと言う人はいない一方,チームとしてバランスは良く,また,オーダーを神がかり的にあてるキャプテンがいて(当時6単1複であったインターハイ予選は,オーダーの読みがものをいう),団体でインターハイ予選は決勝まで駒を進めた。Sさんは,準決勝で,県の三冠チャンピオンに対し,猛然といどみかかり,皆の「思惑」と「期待」通りチャンピオンを食ってしまい,決勝進出の原動力となった。
「馬鹿あたり」というのもある。
なんだかよく理由がわからないが,打つ球,打つ球みんな入ってしまうという状況だ。やはり高校の同級生Tは,普段一回戦突破もなかなかできずそのことを第一目標にしていたが,あるとき「馬鹿あたり」し,あれよあれよと言う間に県で32まで進んでしまった。さすがに32であたった相手は,県下でもかならず8か4くらいには入り込む名門校の強敵で,残念ながらそこで彼の快進撃はストップさせられた。とはいえ,この活躍は特筆すべき快挙であった。
世界選手権でも一回そんな試合を見たことがある。80年代の確か平壌での世界選手権・男子決勝。小野誠治対郭躍華。この時期の中国の郭はまぎれもない世界の第一人者。前回の世界選手権でも当然のように決勝に進み,日本の河野満の前に破れた(これは「老練」な河野の貫禄勝ちだったか)。郭もよもや今回は負けるとは思えなかったに違いないし,大方の予想もそうだった。ところが小野がまさに神がかり的なあたりを見せた。郭がこれでもか,これでもかと打つ強ドライブとスマッシュを完璧にショートで止める。
1セット目の最後のポイントは今でも記憶に残っている。20-19とか20-18とかそんな点数だっただろう。郭の怒濤のような集中砲火に小野が鉄壁の守りでたちはだかり,息詰まるラリーが続いた後,小野のボールがネット際にほんの少し浮いた。郭はその短い球を見逃さず(いささか強引に),ネット脇までふみこんで,ストレートに思いっきりスマッシュした。小野は左利きだから,バック側の前陣で守る小野と郭との距離は50センチとかそんなものだったのかもしれない。要はコートの最も短い距離で,目の前から思いっきりスマッシュを打たれたのだ。こんなボールが普通止まるはずない。ところが・・次の瞬間,弾丸のようなボールが郭のフォアを鮮やかに抜けていった。郭はその瞬間「ぎゃぁ」とか「うわぁ」いう声をだし(たのだと思うが),体勢を戻そうとしたのはさすがである。しかし,ボールはすでにコート後方彼方に飛び去っていた。これが1セット目のゲームポイントとなった。
この試合は,結局,小野が郭を以上のようにめちゃくちゃに動かした結果,驚異的なフットワークを誇ったさしもの郭の脚も4セット目(3セット目?)に故障を起こし,彼は試合を棄権した。棄権になったのは残念だったが,内容的にも小野の完全な勝利であったと思う。これが,現在のところ日本の最後の世界チャンピオンである。
2回連続決勝進出しながら優勝を逃した郭は,悲運のシルバーコレクターに終わるのか,と心配だったが,次の大会で優勝した。郭は実力的には世界選手権3連覇を達成しても,まったくおかしくなかったと思う。そうした実力者さえ,粉みじんにしてしまうのだから,「馬鹿あたり」というのは怖い。それを,世界選手権決勝というこれ以上はないという最高の場で呼び寄せた小野は,強運中の強運の持ち主ということになろうか。もちろん「運」というのも,実力のうちだ(2000/06/21)。