用具の話(2)

用具の話(2)

 以前といっても、かなり前だが、用具の話は書いたことがある。が、再び。今度は主としてラケットの話。
 中学で卓球を始めていちばん最初に買ったラケットは、実はまだ手元にあり、未だに使えるように見える(ラバーを貼っていない)。バタフライのエクスターという5枚合板のシェイクで、グリップの太さでL、M、Sの3種類があった。先輩に指定されて買ったもので、うちの中学のカットマンは、Lにスレーバーの極薄、バタフライの一枚ラバー(銘柄を忘れた)を貼ることにしていた。今みても、このラケットはとても頑丈そうである。
 高校に入ると、なぜかこのラケットを使うのはやめ、ディフェンスという柳3枚合板を使い始めた。もともと柳は柔らかく、吸水性も高そうで(汗を吸ってもろい)、とにかくよく折れた。カットマンにとって、近年のカーブドライブ、ないし軽ドライブでしのぐという発想がなかった(なかったと思う)ので、床すれすれのボール(特に沈むドライブ)を、ラケットを床にたたきつけて処理していたからだ。単に私がへたくそだけだったと説明した方がいいようにも思うが、まぁ、そのために3ヶ月にいっぺんくらいは折っていたのでは、と思う。折れるときは、人差し指に圧され「ぐにゃり」とフォア面に曲がる感触が、「あちゃぁー、またか・・」という、まことにいやな感覚として今も手に残る。
 高校時代は他に、バタフライのハイ・チョップという5枚合板(7枚?)も使うことはあったが、これは根もとで折れないかわりに、ラケットの端がバリバリと欠けていって、朽ち方が醜い。ということで高校は最終的に、折れやすいディフェンスで卒業し、以後、少なくとも公式戦に出るような卓球からは離れているためか、高校時代最後のディフェンスも、いま手元にある(これもラバーを貼っていない)。
 ちなみに高校時代のラバーは、フォア面はヤサカ・オリジナル、タキネス(チョップ)、スレイバーなど。裏面は、どこかの一枚、アンチ、初代フェイントの一枚、同表ソフトなど貼っていた。たぶん高校時代最後は、タキネスとフェイント一枚だったか。いずれにせよ異質カットマンには、「表面と裏面のラバーの色は同じでなければならない」という天国のルールの時代であった。
 私の中・高時代はおそらくラバーの高性能化と多様化のはしりで、中学のときにアンチ、高2くらいで初めての高粘着性ラバー・タキネス、同じ頃にイボ高のフェイントなどが発売された。また、初のカーボン・レインフォースト・ラケットの発売も高2くらいだったか。当時で1万円近くしたのではなかったか、と思う。ラケットをガンガン折る私としては、気を引かれなくもなかったが、一般に当時のカットマンとして高反発性は非常識の極みであり、試しはしなかった。ちなみにグルーの出現はさらに10年をまたなくてはならない。初めてグルーを塗ったラケットの打球音を聴いたとき、私は本当にびっくりした。
 現在、主に使っているのはバタフライの松下モデル。カーボンと純木製2本を持っており、それぞれ別のラバーを貼っている。実は、木製は松下サイン入り(サインの上にラバーを貼ってしまった)。ラバーは・・・大学で使っているカーボンの方が思い出せない。サイン入りの方にはタキファイア、フェイントロングⅡと、たぶん松下そのまま。渋谷や松下の試合を見ることによって「カーブドライブ」を覚えたので、現在はラケットを床にたたきつけることはない。ラケットにとってはすこぶる健全だ(2007/11/16)。

卓球カテゴリの最新記事