フィンガースピンサービス(2)

フィンガースピンサービス(2)

 3年前の※※に「フィンガースピンサービス」について書いた(2016/06/10)。なかなかネタに困るので、サービスをネタに書こうと思っていたので、「ボディハイド」「ぶっつけ」「王子」「YG」などが思い浮かんだが、結局書いたのは前3者。ボディハイドとぶっつけは、いっしょに次の号に書いている(2016/11/11)。ただ、もっとも興味を持っていたのは「フィンガースピンサービス(FSS)」だった。なんせ、見たことがないから。
 以前、※※に書いた冒頭を引用すると、次の通り。


 フィンガースピンサービス(FSS)というのがあった。トスするときに指で強力なスピンをかけてラケットにあてる。米国が1937年の世界選手権団体戦で優勝したことがあるが、このFSSの使い手ソル・シフの功績だったという。
 FSSはもちろん当時のルールで合法。「直角に曲がる」と言われたほど猛烈な変化サービスで、まさに魔球だったのだろう。「卓球が手品になってしまう」ということで、即座に禁止された。

 卓球界の伝説では、引退後のシフと当時世界最強の現役カットマン高島規郎が1975年のUSオープンの「余興」で、FSS対決し(シフがFSSを出し高島がレシーブする)、高島は完璧にレシーブし、シフは少し不機嫌になった、ということになっている
 ところが、卓球ジャーナリスト・伊藤条太が世界卓球選手権(広州)で、高島にインタビューし(というかホテルでいっしょに呑みながら聴きとった)、当時のご本人の証言を得ている。それは伊藤も「伝え聞いていた話と180度違う話」と言っているが、私もまったく同感。「伝説」の根拠は、荻村伊智朗・藤井基男『卓球物語―エピソードでつづる卓球の百年』(大修館書店、1996年)で、ここに書いてある記述と、ご本人・高島の証言がまったく違うのだ。
 今回、確認したら、まだ卓球王国のホームページにある。これはたいへん面白い記事なので、ぜひご覧あれ(伊藤条太「またまた談合」「世界選手権広州大会(条太の広州ぶるるん日記)」速報・現地リポート、卓球王国WEB、2008/02/28発行、2016/06/10閲覧、2019/11/15再確認http://world-tt.com/)

 さて、その伊藤条太さんが、『卓球王国』11月号の連載エッセイにさらにFSSの追跡記事を書いている。まずは、2019年3月の卓球メーカー展示会でFSSを出す説明員を目撃したとのこと。その人は濱川明史さん(全日本ランカー)だが、その人の消息を卓球王国に聞いたところ「今編集部にいます・・FSSの講習をしてもらっているところですが」との回答。
 伊藤さんは、「ホントかよお前ら」とその直後に書いているが、そう言いたい気持ちはとてもわかる。「見たことのない伝説のサーブ」だから、そんな軽くいってもらいたくない。
 3年前にネットに何か上がっていないか探しまったくなかった、FSSが今回、動画にあがっているのは驚き。当の濱川明史さんのFSSが見られる。私もこの間、※※執筆でときどきネタにしているWord Rubber Marketのぐっちぃさんのウェブページに濱川さんが登場している。

http://chie.diary.to/archives/55492101.html

 もちろんこのサービスは現在、ルール違反。

 『卓球王国』11月号の伊藤さんのエッセイにはさらに卓球界の定説を覆すようなことが示され、これはかなり面白い。伊藤さんの記述によると、米国卓球協会は国内でFSSを禁止していたとのこと。それを国際卓球連盟に申し入れたが、聞き入れないので「やむなく使って」優勝した、という。そこには「禁止しないとたいへんですよ」というメッセージを込められていたという。それは、アメリカの卓球史を書いたティム・ホーガン著『History of US. Table Tennis』に書かれている、ということである。

 さらにFSSの指南書があり「ヨーロッパでも・・方法は違うが、フィンガースピンサービスが流行していて、本まで書かれていた」ということだそうだ。

 これが本当なら(かなり、本当そうだ、と思っている)、だいぶ伝え聴いていることとは違う。伊藤さんは「アメリカ優勝の最大の要因がフィンガースピンだったことは事実だが、アメリカだけが使っていたわけでなく特別強力だったというのが真相だった」としめる。
 これもかなり聴いていたこととは違う。新説。伊藤さんは、卓球通史をお書きになるようで、期待(2019/11/19)。

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