2011年・全日本・男子シングルス 三田村-森薗戦

2011年・全日本・男子シングルス 三田村-森薗戦

 水谷準が2006年の全日本選手権に優勝して以来、昨年2017年までの12年間、男子・全日本チャンピオンは全てシェイク・攻撃である。2位までの24人を見ても、ペン・攻撃の吉田海偉が3回入っているのみ。シェイク・攻撃、全盛だ。
 ところが2005年以前のデータを見ると状況はまるで違う。

1996~2005年の10年分を見ると
  シェイク・攻撃 1回 (岩崎清信)
  シェイク・カット 3回 (渋谷、松下)
  ペン・攻撃  6回 (偉関、吉田)

 ちなみにそれ以前もほぼ同様(長谷川信夫という世界チャンピオンのシェイク攻撃・6回優勝がいたことはとりあえず言及しておく)。
 要するに、シェイク・攻撃は水谷が高校生で優勝し以後常勝する以前の10年にほとんど勝ってない。有力選手がいなかったかというとそんなことはなかった。おそらくこの時期の全日本ランカーの攻撃選手はほとんどシェイクであろう。というのも当時ペンはでランク入してたとしたら、偉関、吉田の他には、田崎俊雄、田勢邦史しか思い浮かばない。
 まさにこの時期、ペン攻撃・シェイクカットに上を「キャッピング」され、シェイク攻撃はトップに上がれなかった。

 私にとって象徴的な試合がある。
 2011年全日本男子シングルス。三田村宗助-森薗政崇戦。ランク決定戦前。たまたま見に行って、観戦できたのは幸運だった。
 新旧世代のシェイクハンドの違いなのだろう。三田村はフットワークで稼ぐオールフォアの名手で私は「全日本で優勝して欲しい」と思っていた選手である。2001年の世界卓球の日本代表。ただ、全日本の記録ではベスト8止まり。まさに上記「キャッピング」の時期。この年も全日本・本戦には出ていたが、半ば引退していたと思う。相手の森薗は中学生だったのだろう、本当に体が小さかった。
 びっくりするくらい一方的な試合で、若く小さな森園が勝った。たぶん1つのゲームは零敗に近かったと思う。あるヨーロッパ監督が三田村を評してフォアは世界超一流、しかしバックがまるでだめというようなコメントをしていたがまさにそこをつかれたのだ。
 この時の全日本では、森園は直後に吉村真晴とやり、ほとんど勝ち寸前まで吉村を追い込んだ(直接、見ていた)。辛勝した吉村は決勝に進出、水谷と対戦し、見事に水谷を打ち破った(これはテレビ観戦)。水谷も青森山田・三田村の後輩であるが、卓球は三田村に比べると、はるかに「柔らかい」。
 旧来のフォア重視(偏重?)のシェイク卓球スタイルは青森山田でも、三田村がほとんど最後なのだろう。吉村・野田学園はフットワークより「体のさばき」で勝負するという、日本の伝統的攻撃スタイルにはない発想だった。

 要は三田村-森薗戦がシェイク攻撃型の「新旧・分水嶺」のような試合であったように思う。もう少し書いているのだがここでやめる(2018/06/19)。

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