大学入学からなぜか「演劇をみよう」ということにし、大学4年間の最盛期は年間60本程度の芝居を観ていた。その習慣は卒業後も少しは続き、年間演劇観劇本数は、通常の人に比べてかなり多いであろう。
この4年、秋はかなり「演劇をみる」シーズンで、それはなぜかというと、東京都のやっている「フェスティバル東京」(FT)という演劇祭の演目をかなりみているからである。今年は11月の1ヶ月であったが11本を観劇した。この催し物はかなり実験的なものが含まれており、おもしろい。
この間、注目している演劇のジャンルに「ツアー・パフォーマンス」があり、これまでのFTにも必ずあったが、今年は「From the Sea」(ソ・ヒョンソク コンセプト・演出)がそれ、そしてそれは出色のものであった。
「ツアーパフォーマンス」は、劇場で演じられる演劇ではない。要は「まち歩き」を演劇にしてしまうというものである。まち歩きの中にしかけがあったり、なかったり・・。2010年の飴屋法水「わたしのすがた」は圧倒的な印象を私に残しているが、それは巣鴨周辺の廃屋3軒を訪問させるものだった。おどろおどろしい意味ありげなストーリーをほの見せるものだった。その正体は未だにわからない。「ほのめかし」という意味では、一種のホラー映画に近かった。
これまでFTではいくつものツアーパフォーマンスがあったがそれはさておき、今年の「From the Sea」に限定しよう。終わった芝居だからネタばれでもよかろう。この「芝居」は観客と役者が1対1となるというきわめて「贅沢な」芝居であった。しかも、黒子のスタッフが1人ついている。演劇を長年みているがさすがにこのようなタイプは初めてであった。
観客はゴーグルとヘッドセットをかぶり、一人づつ役者の「介助」のもと、まちを歩く。コースは一つだから15分に一人とか、30分に一人とかで演劇が始まる。「介助」というのは、ゴーグルはかなり「閉じられ」=すなわち全盲状態で、まちを歩くからである。つまり障がい者疑似体験に等しい。そこに役者の台詞と、イヤホンからのナレーション、音楽、「まちの喧噪」が重なり合う。
まちの象徴的なところ、「場所性の強い」ところで、閉じられたゴーグルがぱっと開かれると鮮やかな風景が広がる。その一つは「大井競馬場」であった。それまでごちゃごちゃした密集市街地の中から、競馬場の広々とした空間が眼前に広がる。このほか「泪橋」というのもあった(山谷の泪橋は知っていたが、大井に同じ名の橋があるのは知らなかった。いずれも刑場につながる橋だから「泪」である)。
こうした場所の記憶に、台詞の物語を重ねる。From the Seaは、歩いた場所の多くはもともと海だったところ、だからだろう。サイト・スペシフィックな作品。最後、役者にお礼くらい言いたかったが、拍手を受けることもなく、大きな橋の上で「月」の話を最後に消えていった(大井競馬場東側の大きな堀-要するに海だ-にかかる橋の上で)。ちょうど、右手上空には月が見え隠れ。1時間半、2500円。東京・京浜急行・立会川駅~東京モノレール・大井競馬場駅あたりにて(2014/12/05)。